先々週財布(現金入れたポーチ面倒なので財布でという)を落とした。というのは前に書いた通り。
交番に遺失物届の申請をした後、拾い主に思いを馳せてみた。
最初は拾った人が「うわ~い、やったハッピー。散財したろー」くらいの感じかと思っていたが、考えを改めることにした。
良心の呵責がありながら、のっぴきならない事態でやむなくお金を我が物としたのではないだろうか。
たとえば子ども食堂の運営をしていらっしゃる人で、食材を買わなくてはいけないが、価格が高騰しすぎて満足にご飯を用意できない。
今日は備蓄米を買いに来たのにドンキもコンビニも既にすごい行列で売り切れてしまった。
高い銘柄米を買う程の予算はない。「どうしたらいいのだろう、善意だけでは子ども食堂を続けていけないのだろうか。」今日の運営をどうしようか、途方にくれながら信号待ちをしていると足元に何か落ちている。
拾い上げてはっと息を飲んだ。
薄いグレイのポーチからお札が透けて見えている。
思わずあたりを見回す。どうしよう、いや、警察に届ければいいだけだ。悩む必要はない。しかし、このお金があればお米を買えるかもしれない。
とにかく、中身を確認しよう。持ち主がわかるかもしれない。そうしたら、交番に届けて本人に渡してもらおう。
そう思って、近くのコンビニのトイレに駆け込んだ。
中身は2万円ほどの現金とレシートだけだった。
「これでは誰のものかわからないな。」結局警察に届けても本人の手には渡らないのでは。
逡巡、というかひとしきり悩んだ。じっとりと背中に汗をかいている。
やがて、私は何も考えないようにしてお金を自分のカバンにしまった。
ドキドキしている。ひどく悪いことをしたようだ。悪いことなのは間違いがないのだけど、でも、これで、当面の運営ができる。お米が買える。きっと神様が与えてくれたんだ。
「神様ありがとう」そう思いながら私はコンビニを後にした。
そうして、彼(あるいは彼女)は私のお金を持って帰ったに違いない。
などと、ホテルでビール(本当は発泡酒)を飲みながら考える。
子どもたちはおなか一杯になっただろうか。きっと名前も顔も知らない私に感謝しているだろう。いや、飯ぐらい感謝などせずに当たり前に食ってほしい。戦後じゃあるまいし。
そんなわけで財布を落としただけで神様になれたし、見ず知らずの子どもにも感謝されたしまぁいいか。と満足して寝た。
満足したはずだがしかし、夜中に汗びっしょりで起きたとか起きなかったとか。
気を付けましょう。
